SIerの多重下請け構造をふまえたキャリア戦略【現役エンジニアが解説】

SIerの多重下請け構造をふまえたキャリア戦略

SIerの下請け企業はブラックだと聞いたけど働いて大丈夫かな…。

IT業界の多重下請け構造の問題はよく知られており、ITエンジニアとして働きたいけれど不安を抱えている人もいるのではないでしょうか。

ITエンジニアとしてのキャリアをスタートさせる際、下請け企業への就職はひとつの選択肢となります。
年収がやや低め、上流工程のしわ寄せを受けがちなどのデメリットもありますが、下積みとして実務経験を積む入り口としては有効です。

実際に筆者が勤めているSIerの取引先でも、下請け企業で実務経験を積んだ後にSIerや自社開発企業に転職した人は多くいます。

本記事では、現役ITエンジニアの視点から、下請け企業の実態やブラック企業を見分ける方法、下請け企業からスタートするキャリア戦略をまとめて解説します。

この記事でわかること
  • 多重下請け構造は、元請けのSIerが受注したプロジェクトを、2次請け・3次請けといった下請け企業へと段階的に委託する形態のこと
  • SIerの下請け企業で働くデメリットは「年収が低くなりがち」「上流工程での変更のしわ寄せを受けがち」「自律的なスキル習得が難しい」など
  • 一方で、SIerの下請け企業で働くメリットは「キャリアの入り口になりやすい」「実務スキルを身につけやすい」
  • 下請け企業はデメリットもあるが、キャリアの入り口として経験しておくことで中長期的なキャリアプランを描ける
目次

SIerの多重下請け構造とは

SIerの多重下請け構造

多重下請け構造は、元請けのSIerが受注したプロジェクトを、2次請け、3次請けといった下請けの企業へと段階的に委託するシステムです。
この構造は、国内のIT業界や建設業界で一般的に見られ、プロジェクトの各段階を異なる企業が担当します。

多重下請け構造の背景

多重下請けは、プロジェクトの人員配置の最適化やコスト削減を目的として発生しました。
顧客や元請け企業は、必要な時だけ必要な人員を確保し、プロジェクト終了後の人員余剰を防ぐことができます。
余談ですが、解雇が難しく転職での人材の流動性が低い日本国内でとくに強くみられる特徴です。

多重下請けにおける問題点

多重下請け構造には、以下のような問題があります。

  • 下請け企業での労働環境の悪化
  • 品質管理が難しい
  • 責任の所在が不明確になる
  • 市場競争力の低下

とくに、下請け企業への過度な業務負荷は、慢性的な長時間労働や休日出勤、残業代未払いなどのトラブルを引き起こす可能性があり重大な問題です。

SIerの下請け企業で働く7つのデメリット

SIerの下請け企業で働く7つのデメリット

  1. 年収が低くなりがち
  2. 成果物への責任があいまいになりがち
  3. 上流工程での変更のしわ寄せを受けがち
  4. 自律的なスキル習得が難しい
  5. 基本的に客先常駐
  6. 仕事が安定していない
  7. 発注元に対して劣勢なことが多い

それぞれ解説していきます。

1.年収が低くなりがち

SIerの下請け企業は、発注元企業から受注単価を低く抑えられがちです。
そのため、従業員の年収水準も低めに設定されることが多くなります。

とくに若手エンジニアの初任給は商流が浅い企業に比べて低い傾向にあります。
発注元企業に対して受注側の立場にあり、単価の交渉力が弱くなりがちなのです。

結果として、商流が浅い企業に比べて年収水準が低くなるリスクがあります。

2.成果物への責任があいまいになりがち

下請け企業は発注元の指示通りに作業を行うため、成果物への責任所在がなかなか明確にならない傾向があります。

たとえば、機能要件の誤解から手戻りが発生した場合、発注元と受注側のどちらに責任があったのか判断しづらくなります。

このように、成果物に問題があった際の責任の所在が曖昧になりがちなのが下請け業務の特徴です。
そのためお互いに責任転嫁をしあう可能性や、成果物の品質に影響が出るリスクもあります。

3.上流工程での変更のしわ寄せを受けがち

下請け企業は発注元の下流工程を担当するため、上流工程での変更のしわ寄せを受けやすい立場にあります。


具体的には、要件定義や基本設計の変更が発生すると、その影響が下請け企業の作業工程にも及びます。
急な追加作業の発生や、期限の延長を余儀なくされる可能性が高くなるのです。

このようにSIerの下請け企業では、自社の裁量で進められない上流の変更によって、作業計画や工数の見積りが大きく狂うリスクがつきまといます。
場合によっては、納期に間に合わせるために残業を強いられたり、品質が下がったりするなどの悪影響も起こりかねません。

4.自律的なスキル習得が難しい

下請け企業では、発注元の指示に従った作業が中心となるため、自主的にスキルを身につける機会が限られてしまいます。

発注元から与えられた要件や仕様通りの実装がメインの業務となり、新しい技術の習得や独自の工夫を加える余地が少なくなりがちです。

そのため、エンジニア自身の主体的な学習意欲があっても、実務を通じてスキルアップできる範囲が狭まってしまう可能性があります。

とくに若手エンジニアは、技術的な裁量権が小さく、自己研鑽する機会が少ない環境に置かれがちです。
技術力の向上が重要なITエンジニアにとって、自律的なキャリア形成が難しくなるデメリットがあるといえます。

5.基本的に客先常駐

下請け企業に所属するエンジニアは、基本的に顧客のオフィスに常駐して業務を行うことになります。
つまり、自社の拠点ではなく、別の企業の環境で働くことが前提となります。

この客先常駐型の勤務形態では、プロジェクトによって労働環境が大きく変わります。
今月までは片道30分で通勤できたところ、翌月から最低1年間は通勤に片道1時間半かかるプロジェクトに配属された。ということもめずらしくありません。

また、客先常駐では常に発注元の指示を仰ぐ立場にあり、自律的に行動しづらい状況も生まれがちです。
このように、客先常駐が前提の働き方には、様々な制約が伴う側面があります。

6.仕事が安定していない

下請け企業は発注元企業からの受注に依存しているため、仕事の安定性が低くなりがちです。
発注元の受注状況次第で、下請け企業の案件数や規模が大きく変動してしまいます。
発注元に新しい案件がなければ、下請け企業には仕事がなくなってしまうリスクがあります。

また、既存案件が終了する際に次の案件が確保できないと、エンジニアには仕事がありません。
このような受注のブランクが生じると、企業としての継続が困難になる上、エンジニアの雇用が不安定になってしまいます。

発注元企業との継続的な取引関係を構築することが重要ですが、下請け企業にはそのコントロール力が乏しいというデメリットがあります。
安定した受注を確保するのが下請け企業の大きな課題です。

7.発注元に対して劣勢なことが多い

下請け企業は発注元企業との取引関係において、受注側の立場にあります。
そのため、発注元の意向を受け入れざるを得ない立場に置かれがちです。

発注元のあらゆる要求に対して断りづらい側面があり、発注元に対して受け身の立場を強いられることもめずらしくありません。
発注元企業との間で対等な関係を構築しづらいため、下請け企業側の意見を十分に反映させにくい傾向があります。

発注元の一存で作業内容や条件が変更される可能性もあり、下請け企業側に不利益が生じるリスクがつきまといます。

以上が、SIerの下請け企業で働く際のおもなデメリットです。
キャリアを積む上での懸念点として認識しておく必要があります。

SIerの下請け企業で働く2つのメリット

SIerの下請け企業で働くことは、以下のようなメリットもあります。

  • キャリアの入り口になりやすい
  • 実務スキルを身につけやすい

キャリアの入り口になりやすい

新卒、転職を問わず、下請け企業はITエンジニアとしてのキャリアを始めるのに比較的ハードルが低くなっている企業が多いです。

新卒の場合、下請け企業は高学歴よりも意欲や熱意を重視する傾向があります。
学生時代の成績だけでなく、面接での印象や技術への関心度が重要視されます。
そのため、エリート校出身者でなくても入社のチャンスが得られやすいでしょう。

一方、転職組の場合は、未経験者でも比較的に門戸が広く開かれています。
下請け企業は人材不足が常態化しているため、意欲さえあれば未経験者も積極的に採用しています。

このように、新卒や転職を問わず、SIerのキャリア入門の足掛かりとして、下請け企業への就職は比較的敷居が低くなっている点はメリットです。

実務スキルを身につけやすい

下請け企業に所属すると、システム開発や運用の実務に携わる業務がメインです。
実践的な現場経験を積むことで、多様な実務経験を身に付けられるメリットがあります。

具体的には、設計・開発・テストなど様々な工程を経験し、システム開発全般の能力を高められます。
また、多種多様な業界や分野の案件に関われるため、業務知識とノウハウを身につけられるでしょう。

新卒や未経験からでも、実践を通して着実にスキルアップできる点が、下請け企業で働く大きなメリットです。
基礎から実務を積み重ねることで、将来的にキャリアアップのチャンスが広がります。

SIerの下請け企業からはじめるキャリア戦略

SIerとしてのキャリアを歩み始める際、下請け企業は有力な選択肢のひとつです。

「はじめは履歴書に書ける実務経験を積むことが重要」「実務経験を積めばキャリアの選択肢を広げられる」という2つの視点から解説します。

はじめは履歴書に書ける実務経験を積むことが重要

キャリア初期段階では、まずは現場での実践経験を積むことが大切です。

下請け企業であっても、発注元企業の実プロジェクトに携われるので、十分な経験値を得ることができます。
さまざまな環境で開発経験を重ねることで、履歴書に書ける実績を積み上げられます。

IT業界は人手不足で、経済産業省によると2030年までに16万人から79万人ほどのIT人材が足りなくなる見込みです。

人材不足だからこそ即戦力が求められており、まずはじめに履歴書に書ける実務経験を積むことが重要になります。

参考:IT人材育成の状況等について|経済産業省

実務経験を積めばキャリアの選択肢を広げられる

下請け企業で履歴書に書ける実績を積み上げると、将来的にはより上位の企業やポジションを目指せるようになります。

たとえば、優良なSES企業やプライムSIerへの転職が可能になったり、社内SEとして発注元企業で活躍したりするルートです。
また、自社製品の開発に携わるベンダー企業への転職も視野に入れられます。

このように、キャリアの入り口を下請け企業でスタートさせることで、エンジニアとしての基礎を確実に身につけられます。

その上で、実績に応じて様々なキャリアパスを歩めるようになるのが大きなメリットです。
将来的な可能性を狭めずに、まずは着実に現場経験を重ねることが賢明な戦略といえます。

一方で、下請け企業での経験がいつまでたっても伸び悩むようであれば、別の環境に身を移すことの検討も必要です。
自身のキャリア観に合わせて、柔軟な判断を心がける必要があります。

SIerの下請け企業を見分ける3つの方法

そもそも、就職や転職においてどのようにしてSIerの下請け企業を見分けるのでしょうか。
見分けるおもな方法は以下の通りです。

  • 勤務地が明確でない(客先常駐が前提)
  • 取引先に事業会社がない(発注元は上位のSIerかSES企業)
  • 企業の採用担当者に聞く

勤務地が明確でない(客先常駐が前提)

下請け企業の場合、発注元の企業に常駐して業務を行うのが前提となります。
採用時に「勤務地:案件による」などと曖昧な表記がされていれば、下請け業務が想定されている可能性が高いでしょう。

取引先に事業会社がない(発注元は上位のSIerかSES企業)

下請け企業は最終的な事業会社から直接受注することはほとんどなく、上位のSIerやSES企業から仕事を受けるパターンが一般的です。
取引先企業の名称がSIer系の企業ばかりなら、下請け企業である可能性が高まります。

企業の採用担当者に聞く

採用面接時に「元請けメインの業務ですか?」と直接聞くのは避け、「顧客均衡などの上流工程に携われますか?」と確認するのがベターです。
上流工程に関与できなければ下請け業務である可能性が高くなります。

そのほか、企業説明会の資料や企業HPでの表記なども参考になります。
「請負業務」「受託開発」といった文言が散見されれば、下請け色が強い企業と見なせるでしょう。

最終的には具体的な業務内容を確認し、自身のキャリア観に合致するかどうかを見極める必要があります。

ブラックなSIerの下請け企業を避ける2つの方法

SIer業界にはブラック企業も一部存在するため、就職活動や転職活動での企業選びが重要です。
自身のキャリア形成を阻害しかねないブラック企業を避けるため、以下の方法を活用することをおすすめします。

就職エージェントや転職エージェントの活用

就職エージェントや転職エージェントには、各業界に特化して実情を把握した人材担当者がいます。
エージェントに企業への不安点を相談し、アドバイスをもらうことで、ブラック企業への入社を回避できる可能性が高まります。
エージェントも人なので、各担当者によって得意分野が異なったり、結局のところ自分と合う合わないの相性もあるので複数のエージェントを利用しておくと安心です。

口コミサイトやSNSでの評判を確認

近年は企業の実態を垣間見る口コミサイトが増えていて、労働環境や人間関係、評価・報酬体系などの具体的な情報を入手できます。
大手口コミサイトだとopenwork、転職会議、ライトハウス、indeedなどです。
また、X(旧twitter)などのSNSで「企業名+口コミ」などで検索し口コミを確認できます。
ただし、ネガティブな情報のみに目を奪われすぎないよう注意が必要です。

そのほかにも、企業説明会での社員の様子や面接官の対応にも目を配ることが大切です。
サービス残業が常態化しているような雰囲気や、威圧的で問題ある対応があれば、要注意企業と判断すべきでしょう。

入社後にブラック企業だと気づいた場合は、早期の転職を検討するなど、自身のキャリアを守る行動に出ることが肝心です。
SIer業界はまだまだブラック企業が存在する現実がありますが、事前の情報収集で回避可能なリスクが多くあります。
しっかりと確認を行い、自身に合った企業を選びましょう。

まとめ|SIerの下請け企業は一長一短。キャリア観にあった選択が重要

この記事では、以下のことがわかりました。

  • 多重下請け構造は、元請けのSIerが受注したプロジェクトを、2次請け・3次請けといった下請け企業へと段階的に委託する形態のこと
  • SIerの下請け企業で働くデメリットは「年収が低くなりがち」「上流工程での変更のしわ寄せを受けがち」「自律的なスキル習得が難しい」など
  • 一方で、SIerの下請け企業で働くメリットは「キャリアの入り口になりやすい」「実務スキルを身につけやすい」
  • 下請け企業はデメリットもあるが、キャリアの入り口として経験しておくことで中長期的なキャリアプランを描ける

下請け企業で働くかどうかは、個人のキャリア観によって判断が分かれるところです。

初期キャリアではまず実務経験を積むことに重きを置くのであれば、下請け企業は有力な選択肢となります。
しかし、中長期的に発展的なキャリアを描きたい人にとっては、制約の多い下請け業務はフィットしない可能性もあります。

いずれにしても、自身の置かれた立場や目指すキャリアパスを熟考し、それに合わせて就職先企業を選ぶ必要があります。
ブラック企業を避けるための情報収集は欠かせません。
企業の実態を確認し、自身のキャリア形成を阻害しない環境かどうかを見極める必要があるでしょう。

下請け企業で働くべきかどうかは一概に答えられる問題ではありませんが、キャリアの入り口として一旦は下請け業務を経験しておくことで、より広い選択肢が開かれる可能性もあります。
中長期的な視点でキャリアを描き、自身に合った就職先を選んでいくことが肝心です。

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この記事を書いた人

国内大手SIerに新卒入社し、現在もプロジェクトマネージャーとして働いています。
自社製品開発・受託開発、企画〜開発〜運用保守まで幅広く経験してきました。
ワーママとして日々忙しく働きながらも、なんとか充実した生活を送れています。
実際に働いているからこそわかるリアルな情報や、私自身が転職活動を通じて得たIT業界の知識をわかりやすく発信していきます。

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